読書日記-大工が教えるほんとうの家づくり

2年半ぶりの読書日記です。私も復活するとは思っていなかったのですが、読んでみてほしいと渡されまして…。このブログは、その方へ感想文として書いたものです。ですから本を読んでいない人にはわかりにくいと思います。

本の概要を説明しますと、著者は1956年生まれの大工さん。自然素材にこだわりがあり、大工としての腕にも自信がある。現代の日本の家を取り巻く業界全体(お客、大工、建築家、住宅メーカー、法律)に言いたいことが山ほどある、ようです。この本は2007年に出版されています。8年たった現在、著者はどのように考えているのか気になります。

大工が教えるほんとうの家づくり
著者:阿保 昭則
文藝春秋

 一言でいって独善的。人として、センスとして、そして予算面でも、全て著者に合わないと駄目です。ですから合う合わないが激しい。あるいはお客さんの側が相当耐えています。それはユーザーの感想、「相当に頑固」、「自分たちの希望が思うように受け入れてもらえなかった」という部分からも窺い知れます。そして受注に至らなかったケースに対しては一方的にお客さんの問題として片付けています。商売ですから合う合わないはあります。店で商品を見て買わずに帰る客を普通は悪しざまに批判しません。ところが著者はそういったお客さんを見下しています。

 本書で紹介されている事例は大抵価値観の問題で片付きます。著者と建築主が主観的に良いと思った家の紹介ならそれだけでよいのです。他の家を貶す必要はない。コンクリート打ちっぱなしの家を建てた建築家と建築主、その価値観を認めるべきです。その他にも家には経済性や敷地の状態、建築主の趣味嗜好など評価の項目は沢山あり、それらの何を重要視するのかは人によって違います。アルミサッシは安っぽい。雨樋は美しくない。それらはすべて価値観の問題です。主観の問題です。にもかかわらず、俺の感覚こそが正しいのだという態度、これが独善的でなくてなんでしょう。

 自分の腕を自慢し、夢、希望を語り、いい家について語るのはいい。それだけでいいのに、どうして廻りを見下げるのか。立派ないい家を建てている自分を理解しない他者、お客さんであり、建築家であり、法律や制度でありを攻撃する必要はどこにあるのか。私には自信の無さの裏返しにしか見えません。よく吠える子犬、ハリネズミのように丸まって外部に刃を向けているようにしか見えずとても残念です。攻撃は最大の防御、自分の欠点を隠すための攻撃ということです。ではその欠点とは何かというと、言っていることが曖昧で感覚の話が多く、科学的、技術的な根拠に乏しいことにあります。

 ですからこの本を読むときは、攻撃の仕方に根拠があるのか、単なる感覚かを把握、評価できないと著者の価値観に引きずられてしまいます。

 では攻撃されたものをいくつか見ていきましょう。

 まず耐震性について。「腕のいい大工がいい材木を使って・・・大地震にさえもちゃんと耐え抜きましたが、下手な大工や・・・」と語っています。これなどは地震に耐えた家をそう評価したに過ぎません。地震に耐えたから腕の良い大工が建てたと。全く意味不明な評価です。例えば雨漏りを放置して土台が腐った家が地震で倒れました。これは大工の腕の良し悪しが関係するでしょうか。耐震性は計算でわかります。著者が建てている貫を使った工法(通常は筋かいを使ったものを軸組み工法と呼び、貫を使った工法を伝統工法と呼びます。)の場合、現在では構造計算が必要です。しかし本書ではそのような記述が無くどのような根拠に基づいて耐震性があると言っているのか不明です。

 次にベニヤ合板について。著者は材木は木目を見てヤセなどを考えて使うと言いながらベニヤ合板の使い方を工夫しないのはなぜなのか。ベニヤ合板を使ったツーバイフォー工法はアメリカ、カナダではほとんど全ての住宅で採用されているのにその言及がないのはなぜなのか。それは、言うと都合が悪くベニヤ合板を批判できなくなるからです。材料としての杉や檜などの木材は、今も昔も変わりませんが、ベニヤ合板は出始めた頃のものと今のものとでは耐久性の面でもシックハウス対策の面でも進化を遂げています。また、正しい使い方も知られてきました。それになにより、一般的に住宅の耐用年数は日本よりアメリカなどの方が長いのです。ベニヤ合板を多用する国のほうが住宅が長持ちする現実に目をそむけています。また、杉や檜も使い方を誤ると当然腐ります。釘は錆びます。ベニヤ合板は腐るって批判は何を言いたいのかさっぱりわかりません。適材適所。使い方です。

 ベニヤ合板と共に新建材を批判し無垢材の良さを語っています。無垢材の利点は著者の言う通りですが、欠点には触れていません。隙間が空く、反る、汚れる、液体をこぼせばシミになり、スプーンを落とせば凹みます。それを事前に説明してもクレームになっている現実を無視しています。漆喰の壁も同じです。吸放湿性などの利点は紹介しても、ひび割れなどの欠点は言いません。必ずひび割れます。築一年でひび割れると、欠陥住宅では?となります。事前に説明してもです。そして、そのことに建築主は納得していても、他人は別です。事前の説明を聞いていない見学者(親族、友人など)はひび割れを目撃してどう思うでしょう。想像は簡単でしょう。欠陥、手抜きという評価につながります。そのことを住宅メーカーは何度となく経験しているのです。建築主がいくら良いといっても、自社の悪評につながるのなら使いたくないのです。著者の建てた住宅を見学に来た人の多くも同じで、だから見学に来たみんなが著者に依頼するわけではないのです。そして見学者の多くは見た目で判断し、評価を下し、採用せず、その理由を口にしません。

 次に外断熱批判、24時間換気批判ですが、著者は断熱、換気について全く理解していません。著者はスタイロフォームを使って「隙間なくしっかり埋め込む」と言っています。これは家の密閉性が上がるということです。しかし続けて、外断熱の家は密閉性が高くなったため24時間換気が必要になっていると批判しています。密閉性が高いのだから著者の建てた家も換気が必要となります。さらに、密閉性を高めたら土壁の吸放湿性が機能しなくなります。機能しない材料を使い続ける意味がわかりません。人間は呼吸をします。人体から炭酸ガスも水分も出ます。煮炊きもすれば洗濯もします。だからこそ換気が必要なのです。なにもシックハウス対策のために換気が必要なわけではありません。断熱をするということは、イコール密閉性が上がる、ゆえに換気が必要となります。

 建築家の設計については設計料を確保するため平気で安い材料を使うと批判しています。しかしご自身は予算が無いと屋根にガルバリウムを使ってコストを下げると言っていますが何が違うのでしょう。著者の建てた家の費用の内訳をみると大工手間が異常に高い。これでは大工の手間賃を確保するのに安いガルバリウムを使っているといわれても文句は言えない。でも、建築家も大工も働いた以上報酬を得るのは当然なのです。建築家が報酬を受け取るのは無駄で、大工が報酬を受け取るのは当然なんて考え方はおかしいでしょう。「ハウスメーカーの家は・・・本社の取り分が3割以上も上乗せされて・・・」と言っていますが、ハウスメーカーで家を建てる人はブランドを買っているのです。本社取り分はブランドの維持経費です。そういう価値観もあるのです。逆に著者の建てる家は材料費が高い、大工手間が高い、そういった批判を少なからず受けていることでしょう。他社を責めると必ず自社に跳ね返ってくる。お金の話が嫌いというのは実はこういう矛盾があるからなのです。

 ざっと感想を書いてみましたが、いかがだったでしょうか。何もすべて否定したいわけではありません。デザインについての考え方は共感しますし、自然素材の良さも理解できます。お客さんのために一生懸命な姿も素晴らしい。なら、それだけ語ればよかったのに不必要な発言が多すぎぼろを出しています。実にもったいない。それと感覚の話が多すぎます。耐震性も断熱性も理屈です。住宅性能表示を含め法律、制度も理屈です。消費者へ説明責任が求められる時代、理屈がわからないと説明のしようがありません。ですから著者の考えは時代の趨勢に合いません。

 最後に、著者の建てている家はすべて坪単価にすると高いです。普通の仕様で90万円/坪、材料を変えコストを落としたもので70万円/坪、さらに落として60万円/坪。車の場合100万円、500万円、数千万円のものまでありますが、どれを買うかは個人の自由、趣味の問題となります。ところが家の場合、先ほど自然素材のところでふれたように、他人が何と思うかが影響してきます。坪90万円の家を建てたと言うとアホ呼ばわりされます。「50万円で建つわ、ぼったくられてるんやで」と言われます。面と向かって、あるいは陰で、親族、友人、近所の人まで。それら外野の勝手で無責任な評価に耐えないといけません。おまけにその家は壁はひび割れ、床は変色してくるとなると…。他人の評価を気にせず、はねのける強さを持たないといけません。

読書日記-大工が教えるほんとうの家づくり」への4件のフィードバック

  1. ダイ

    うちの父は大工でした。小さいながらも棟梁でした。小さい頃からかんな屑、おが屑のにおいある家で育ちました。激動の時代だったのでしょう。のこぎりが電機丸ノコに変り、かんなが電機カンナに変り、金槌が釘打ち機に変化し。でも決して昔の方が良かったとは言わなかったです。省力化するところは省力化し、機械が苦手なところは手で補正する。電機かんなが良い例で、仕上げにかんなは必需でした。
    それが今や機械でも、いや、機械の方が・・。
    新建材。そして天然材。適材適所。人それぞれ。規格工業品の完成度の高い物が好きな人が入ればハンドメイドの好きな人も居る。私も物によってそれぞれどちらを選ぶか・・。場合によれば100均で済ますことも多々。全ては使う側のためのものです。ただ、バランスは必要ですね。

    返信
  2. 大塚

    大工の息子なんですか!
    今までもその話しされてました?
    はじめて聞いたような、聞いたのに忘れてたのかな。

    人それぞれ、これに尽きますね。
    この著者はプレカットも否定、最近の大工は単なる組み立て作業員だとバカにしています。
    べつにえぇやん、と思うのですが…

    返信
  3. 匿名

    坪50万で家建つけど寒いしちゃちいわな。
    ブランドで3割増で買う方がバカにされるわ。
    基礎に集成材使う安売り工務店には理解できない。

    返信
    1. 大塚 投稿作成者

      はじめまして。
      当ブログをご覧くださり、さらにコメントまで頂きありがとうございます。

      が、ちゃんとお読みいただいていないようで残念です。

      阿保氏のファンの方なのか、坪50万円の家にお住まいで後悔されているのか、
      あなた様のことがよくわからないので適切なお返事ではないかもしれませんが、
      お許しください。

      まず、坪50万円どころか坪38万円で建てているビルダーもあります。
      私に言わせると坪38万でも建つけど…となります。
      しかし、坪38万円の家を批判はしません。
      車と同じで家も値段なりではありますので、高いものほど”通常は”質のよいものです。
      私が『最後に』で問題としているのは、分相応かどうかなのです。
      高収入な人が坪90万円の家を建てても、他人はどうこう言わないものです。
      逆に「儲かってるんやなぁ」と良いように評価するかもしれません。
      『外野の勝手で無責任な評価』とはそういうものです。

      坪50万円の家は寒くてちゃちいか。
      寒いというのがどの程度かわかりませんが、古い家は坪単価に関係なくおおむね寒いと思います。
      築20年以上の家は、ばらつきはありますが同じく坪単価に関係なく寒い家が多いと思います。
      それ以後に建ったものはそうでもないものが多くなってきているのでは?
      特にここ5年ぐらいに建っている坪50万円ならゼロエネ住宅にできるぐらい高断熱にもできますよ。
      デフレのお陰か坪単価は変わらないのに断熱性能含め質が上がってきています。
      もし、あなた様の家が築浅で坪50万円で寒いのでしたら、主観の問題か、
      予算のかけ方のバランスの問題か、ぼったくられているかのどれかかと思われます。

      ちゃちいもどういう意味か分かりません。地震でつぶれるとかいう意味ですか?
      高級車に乗っている人が軽自動車を見て「ちゃちい」というのはわかりますが、
      でもそれは優越感であって良し悪しではないのです。
      軽自動車の持ち主には駐車場や家の周辺の道路事情から、あるいは買い物に
      乗っていく程度だからこれでいいと思っているのです。
      ちゃちい家を建てた工務店が、あなた様がちゃちくないと思う家を見たら
      「無駄が多い」と評するかもしれません。あるいは「予算があればそうしたい」と言うかもしれません。
      記事でも書いたようにこれはもう価値観の違いでしかないのです。
      ブランドで3割増しも同じです。優越感、安心感、バカにする、うらやむ。
      繰り返しますが価値観であって良し悪しではないのです。

      集成材を使う安売り工務店、とのことですが通常集成材は高いので安売り工務店は使いませんよ。
      何処の情報ですか?

      また、基礎に集成材は使いません。土台のことと解してもこちら大阪では寡聞にして知りません。
      そのような工務店があるのでしたらちょっと興味があるので教えていただけませんか。

      返信

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